今から15年前の2000年12月31。

20世紀最後のこの日、東京都世田谷区の閑静な住宅街で会社員宮澤みきおさん一家4人が全員惨殺された事件、

通称『世田谷一家殺害事件』という惨劇が起きたのを皆さんはご存知でしょうか?

本日2015年12月12日、フジテレビで放送された『報道スクープSP激動!世紀の大事件未解決事件の謎と目撃者の新証言』にて犯人が一体誰であったのか?その真相について迫っていました。

そして番組内では15年目の新事実が公開されました。

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◆世田谷一家殺害事件とは?

2000年12月31日、東京都世田谷区の会社員宮澤みきおさん一家4人が全員惨殺された事件の事。

別名、世田谷一家”殺人”事件、世田谷一家”惨殺”事件とも言われいます。

延べ24万人の警察官が捜査に心血を注ぎ、懸けられた懸賞金は過去最高額の2000万円。

犯行時間帯に現場路地から飛び出してきた男。

事件の前日に凶器と同型の柳刃包丁を買っていた男。

有力な手がかりが浮かんでは消え、その度に新たな犯人像が語られてきました。

しかし、15年たった今それでも犯人にたどりつけていません。

◆事件当時の状況【世田谷一家殺人事件】

みきおさんは1階のパソコンに向かい、長男・礼君は中2階の子ども部屋、ロフトでは母・泰子さんが長女・にいなちゃんを寝かしつけようとしていました。

まず標的にされたのは子ども部屋にいた長男・礼君。首を絞められ殺害されていました。

次に犯人は持ち込んだ柳刃包丁を取り出すと、そろそろと1階に向かいます。その先にはみきおさんが。東大卒・外資系企業の会社員だったみきおさんは階段脇のパソコンでよく仕事をしていたといいます。そのパソコンには夜10時50分に電源を切った履歴が。

そして最初の一撃は額に振り下ろされました。この時、包丁の先端が数mm欠けみきおさんの額に残っていたと言います。その後も犯人は執拗に指し続けます。そんな攻撃から身を守ろうとしたのか、みきおさんは体をくの字に曲げ息絶えました。

最後に向かったのが長女・にいなちゃんと母・泰子さんのいるロフト。傷を負いながらも必死でにいなちゃんを庇う泰子さん。この時柳刃包丁が折れたことが泰子さんの傷から推測出来たそうなのです。しかし、犯人はなんとまだ息のある2人を残してキッチンへ。

そして宮澤家の洋包丁を新たな凶器とし、トドメを刺しに戻った犯人。そこで逃げようとロフトから降りてきた2人に出くわしました。その場所でにいなちゃんはうなじの真ん中辺りを、そして泰子さんは胸を一突きに殺害。

犯行後、男は返り血を浴びたシャツを脱ぎ、みきおさんの服に着替えたとみられているそうです。残されたシャツのサイズなどから犯人の身長は170cm前後と推定。これだけの残虐な犯行を行い風呂場の窓から逃走したとみられています。

《真相については次で》